今回は、テスラ vs トヨタと称して、テスラがいかに巨大自動車メーカーとの激しい競争をくぐり抜け、電気自動車(EV)で、世界シェアトップとなったのか、その秀逸なジャイアントキラー戦略を解説したいと思います。
EV世界販売台数No.1のテスラ
テスラは2003年に、二人のエンジニアによって創設されました。2008年にイーロン・マスクがCEOになってから、怒涛の快進撃が始まります。それからわずか12年後の2020年3月には、販売台数が100万台を超え、その同年7月には時価総額がトヨタを超えました。2023年7月時点の株価は120兆円を超え、トヨタの実に3倍以上となっています。
テスラが人気の理由は、これまでのEV の課題、すなわち航続距離と価格の問題を解決したことです。
もともとバッテリー制御技術に強みを持っていた同社は、ガソリンと変わらない航続距離を持つEVの開発に成功します。さらに、自前で充電ステーションを設置、その数は45,000基以上にのぼります。これにより、航続距離の問題を大幅に緩和することが出来ました。
合わせて、一連のコスト削減策に取り組みます。テスラは内製化により、自前で主要部品やソフトウェアを作り、ほぼ全自動化した工場で、組み立てを行います。店舗は持たず、販売はWebサイトを通じて行います。
テスラのビジョンは、化石燃料からの脱却です。そのビジョンに共感するファンも多く、それがイーロン・マスクの発信力やイベントを活用した広告宣伝費の極端な削減を可能にしています。
このような取り組みの結果、2017年(日本発売は2019年)に航続距離が長く、価格もリーズナブルな主力車種「モデル3」を発売しました。その室内にはスピードメーターもなく、極めてシンプルにする一方で、最新鋭の自動運転システムを搭載、サプスクで提供しています。
結果として、モデル3は飛ぶように売れ、テスラは世界No1.のEVメーカーになることが出来たのです。
この成功を目の当たりにしているにも関わらず、トヨタをはじめ圧倒的に巨大な自動車メーカーは、なぜテスラに追いつけないのでしょうか。その大きな理由は、テスラの秀逸なジャイアントキラー戦略にあるのです。まずは、テスラの戦略カードを一つずつ見ていきましょう。
テスラの選んだ戦略カードは?
それでは、テスラの選んだ戦略カードを1枚ずつ見てみましょう。文中の『➡️トヨタ「・・・」』はトヨタの担当者の心の叫び(あくまで筆者の想像)です。ここまでやられると、さすがにイヤですよね。
顧客ターゲット
トヨタの強み:幅広い顧客層
- 顧客拡大:新たなEV顧客層を開拓(当初は新しモノ好きの富裕層)
- EVの課題を解決し、新たな顧客層を開拓(当初はテスラのビジョンに共感する、新しモノ好きの富裕層がターゲット。)
➡️トヨタ「EVに買い替え?おすすめ出来ません・・・。」
製品・サービス
トヨタの強み:豊富な製品ラインナップ、高い安全性
- 製品特化:EVのみ・シンプル
- EVに特化したシンプルな製品ラインナップ(廉価版は、スピードメーターすらないシンプルな内装)
➡️トヨタ「売れ筋はハイブリッド車。EVに特化するのはムリ・・・。」
- ソリューション:長い航続距離・充電サービス
- バッテリー性能の向上と充電ネットワークの整備により航続距離の問題を解決
➡️トヨタ「EVを普及させると、競争力がダウンしてしまう・・・。」
- 付加価値:自動運転機能
- EVと相性の良い自動運転機能をいち早く実用化。
➡️トヨタ「安全性が担保されないとリリースできない・・・。」
料金設定
トヨタの強み:利益の取れる価格設定
- 価格差別化:低価格(当初は高価格)
- 競争力のある価格設定(当初は1,000万円を超える高級車のみ)
➡️トヨタ「そんなに安くしたら、一気にEVが普及してしまう・・・。」
- 定額料金:自動運転機能の月額課金(サブスク)
- 高度な自動運転機能をサブスクで提供
➡️トヨタ「コスト回収が遅れるため、収益性の検討が必要・・・」
販売チャネル
トヨタの強み:系列販売店のネットワーク(国内で約6,000店)
- 直販:Webでの直接販売
- 基本はWebで販売(受注生産)、リモート診断・派遣スタッフによるメンテ
➡️トヨタ「そんなことしたら、販売店がいらなくなってしまう・・・。」
プロモーション
トヨタの強み:内燃車の信頼感、多額の広告宣伝(2020年実績4,702億円)
- ビジョン:化石燃料からの脱却
- 「脱化石燃料の社会を実現」をビジョンに掲げる
➡️トヨタ「化石燃料の否定、それはもはや自己否定そのもの・・・。」
- ミニマイズ:広告費ゼロ
- イーロン・マスクの発信力やイベントを活用し、広告宣伝費を最小化
➡️トヨタ「広告費を減らしたら、売り上げが減ってしまう・・・。」
自社の資産
トヨタの強み:内燃車の研究・生産設備、技術、エンジニア
- 資産限定:EV用資産のみ、在庫圧縮
- 資産はEV関連のみ。受注生産で在庫を圧縮。
➡️トヨタ「内燃車用の設備、技術、人が強さの源泉。捨てる訳にはいかない・・・」
- 新規資産:EV関連技術、充電ネットワーク
- 独自のバッテリー制御・自動運転・生産技術等を開発、充電ネットワークを保有
➡️トヨタ「ハイブリッド、水素など全方位の技術開発があり大変・・・」
パートナー
トヨタの強み:多く系列企業、販売店
- パートナーなし:系列の部品工場、販売店なし
- 主要部品、ソフトウェアを自社で内製化
➡️トヨタ「トヨタを支えてきたのは長年のパートナシップ。断ち切るのは難しい・・・」
テスラの戦略カードのつながりは?
テスラのすごいところは、競争力のある価格を実現しながらも、営業利益率が高いことです。2022年4月から2023年4月の営業利益率はトヨタの7.3%に対しテスラは14.8%と約2倍となっています。トヨタ生産方式で圧倒的なコスト削減能力を持つトヨタに対し、なぜテスラは競争力のある価格と高い利益率を両立できているのでしょうか。その秘密は、テスラの戦略カードのつながりにあります。
具体的に見ていきましょう。テスラは、EVに特化する「製品特化」、Web販売による「直販」、脱化石燃料を掲げた「ビジョン」の3つのカードを使っています。これがそれぞれ、内燃機用資産を持たない「資産限定」、ディラーがいらない「資産無し」、広告費ゼロの「ミニマイズ」というカードにつながっています。これによりコストを大幅に低減し、競争力のある価格と高い利益率を実現しています。これらのカードのつながりこそが、テスラの強さの秘密なのです。
トヨタにとって、どれか1枚のカードだけでも追随は容易ではなく、これらのつながり全てを模倣するのは極めて困難です。
テスラのジャイアントキラー戦略(まとめ)
テスラのジャイアント・キラー戦略をまとめると以下の通りとなります。
ご覧いただくと分かるように、テスラは戦略カードを巧みにつなげ、優れたジャイアント・キラー戦略を作り上げています。使用しているカードが多く、かつ各カードが非常に複雑につながっているのがテスラの戦略の特徴で、トヨタをはじめ強大な自動車メーカーの追随を許さない理由でもあります。
その起点となっているのが、ある意味クレージーとも言えるビジョンです。「人類救済」を標榜するイーロン・マスクは、脱炭素社会の実現を目指し、「テスラは(自動車メーカーではなく)エネルギー企業である」と宣言しています。実際、テスラでは蓄電池や太陽光パネルの生産、さらに米国では再エネの販売まで行っています。自動車を走る蓄電池として活用することで、自動車のビジネスモデルを根底から覆すことも考えられます。トヨタがあくまで「町いちばんのクルマ屋」を標榜しているのとは対照的です。
2023年4月、トヨタの社長は創業家出身の豊田氏から佐藤氏に交代し、「EV開発を加速する」との方針が打ち出されました。テスラの強力なジャイアントキラー戦略に対し、トヨタの逆襲なるか。日本の命運を左右するとも言える戦いに、益々目が離せません。